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せみまるじんじゃ
蝉丸神社
●所在地 | :滋賀県大津市大谷町23−11 →地図を見る |
●交通 | :京阪電車「大谷」駅下車 |
『滋賀県神社庁』webサイト>滋賀県の神社>蝉丸神社 |
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蝉丸神社の由緒 当社は天慶九年(946年) 蝉丸を主神として祠られております 蝉丸は盲目の琵琶法師とよばれ音曲芸道の祖神として平安末期の芸能に携わる人々に崇敬され当宮の免許により復興したものです その後 万治三年(1660年)現在の社が建立され 街道の守護神 猿田彦命と豊玉姫命を合祀してお祠りしてあります これやこのゆくもかへるも わかれてはしるも しらぬもあふさか乃 せき 蝉丸 |
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蝉 丸 是れやこの 行くもかへるも 別れては 知るもしらぬも 逢坂の関 |
車石(くるまいし) |
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<↑解説より> くるまいし 車 石 (大津市大谷町) 大津と京都を結ぶ東海道は、米をはじめ多くの物資を運ぶ道として利用されてきました。 江戸時代中期の安永八年(1778)には牛車だけでも年間15894輌の通行がありました。この区間は、大津側に逢坂峠、京都側に日ノ岡峠があり、通行の難所でした。 京都の心学者 脇坂義堂は、文化二年(1805)に一万両の工費で、大津八町筋から京都三条大橋にかけての約12kmの間に牛車専用通路として、車の轍(わだち)を刻んだ花崗岩の切石を敷き並べ牛車の通行に役立てました。これを「車石」と呼んでいます。 大津市・藤尾学区自治連合会 平成七年(1995)二月 |
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