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『花橘亭』「平安時代好きの京都旅行記」初春の京都



初春の京都
〜2007年1月15日〜

定期観光バス

〜源氏物語 千年のときを超えて〜 
「源氏物語」ゆかりの地をたずねて



せいりょうじ
清凉寺

●所在地 :京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46


 「嵯峨の釈迦堂」として親しまれている清凉寺の地は、平安時代前期、源融(みなもとのとおる)の山荘・棲霞観(せいかかん)があったところで、融の死後、息子の源湛(みなもとのたたう)・源昇(みなもとののぼる)が遺志を継ぎ、阿弥陀三尊を本尊とした仏殿が棲霞観内に完成し棲霞寺が誕生しました。
 この阿弥陀三尊像は現在、国宝に指定されており霊宝館に安置されています。

 清凉寺は、987年、東大寺の僧・「念が宋から釈迦如来像を持ち帰り発願、没後、弟子の盛算が遺志を継ぎ棲霞寺内に釈迦堂を建立したことに始まります。
 正式には、五台山清凉寺といいます。


清凉寺本堂

清凉寺本堂


 定期観光バスのツアーでは、特別に本堂の本尊釈迦如来立像を参拝させていただきました。

 また、特別公開期間(春季・秋季のみ)ではない今の時期に特別に霊宝館を公開して下さいました。
 棲霞寺の本尊だった国宝の阿弥陀三尊坐像を拝観しました。阿弥陀仏は、源融が亡くなる前に自分の顔に似せて作らせたといわれ「光源氏写し顔」の伝説をもっています。優しくも凛々しいお顔立ちでした。
 霊宝館では、現在の本堂の本尊・釈迦如来立像の体内から発見されたという絹で出来た「五臓六腑(内臓器官)」も印象に残りました。千年前の中国ではすでに人間の構造が知られていたということになります。本当によくできていました。驚きです☆

 霊宝館の次は、源融の墓へ案内していただきました。
夕日を浴びて清々しく見えました。

 定期観光バスのツアーということもあり、ゆっくり境内を見てまわれなかったのが残念ですが止むを得ないことです。(^^;)
 17日に再度、清凉寺に訪れましたので境内の様子は後日撮影した写真でお楽しみくださいませ。(^o^)/


源融公墓所

源融公墓所



野宮神社へ




『花橘亭』「平安時代好きの京都旅行記」初春の京都