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十二単体験
〜着付け編〜
平安装束体験所さんの衣紋(えもん=着付け方法)は山科流だそうで
す。(*^-^*) カメラそのものの性能、撮影時のフラッシュの有無によって画像の雰囲気や色味がかなり異なります。 平安装束体験所さんで装束体験をされたいと思われる方の参考になれば幸いです。 顔は綺麗にお化粧をしていただきましたが、「花橘」の画像で顔を隠させていただきます。<(_ _)> |
フラッシュ有りで撮影 | フラッシュ無しで撮影 | なぎコメント | |
単 | ![]() |
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単(ひとえ)を着ます。 |
五衣 | ![]() |
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五衣(いつつぎぬ)を着ます。 |
打衣 | ![]() |
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打衣(うちぎぬ)を着ます。 ※平安装束体験所では通常、打衣を省略されています。 |
表着 | ![]() |
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表着(うわぎ)を着ます。 表着は地文と上文(うわもん)のある二陪織物(ふたべおりもの・ふたえおりもの)となり華やかさが増します。 |
唐衣 と 裳 |
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唐衣(からぎぬ)を着て、裳(も)をつけます。 唐衣も二陪織物です。 裳は、小腰(こごし)と呼ばれる帯で結び付けられおり、後ろだけのエプロンのような形状です。 ウィッグを付けてもらいました。 |
■十二単とは? “十二単衣”とも書きます。 「十二単」は衣(きぬ)をたくさん重ね着した女性の姿を表す俗称であり、女房装束、または唐衣裳、裳唐衣の名で知られています。 女房装束は、平安時代における正装であり、姫君あるいは女主人として侍女たちにかしずかれているような高貴な女性は通常着ることはありません。 正装する必要があるのは、内裏に仕える女官または貴族の家に仕える上級の侍女であり、部屋<房(ぼう)>を与えられることから女房と呼ばれた女性たちでした。 場合によっては、唐衣を着ないで主人のもとに出ることも許されましたが、裳はつけていたようです。 (高貴な女性が、唐衣と裳を着て十二単姿となるのは自身よりも目上の方に会う場合となります。) 女房装束姿が成立したのは、平安時代中期と考えられています。それ以前は、唐の影響を受けた奈良時代の名残がある姿でした。 ⇒奈良時代の衣装と比較!(新しいウインドウで表示) |
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