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『花橘亭』「平安時代好きの京都旅行記」初春の京都



初春の京都
〜2007年1月14日〜


しょうじじ
勝持寺

●所在地 :京都市西京区大原野南春日町1194
●交通 :阪急バス「南春日町」下車 
:市バス「洛西高校前」下車  
⇒ 勝持寺 公式サイト 


   勝持寺

 小塩山(おしおざん)と号する天台宗の寺で、通称、花の寺と呼ばれている。
 寺伝によれば、白鳳8年(679年)に役小角(えんのおづぬ)が、天武天皇の勅により創建し、その後の叡暦10年(791)に伝教大師が、桓武天皇の勅により再建したと伝えられている。当初、大原寺(だいげんじ)と呼ばれていたが、仁寿年間(851〜854)に、仏陀上人が文徳天皇の帰依を得て伽藍を建立し、寺号を大原院勝持寺と改めたといわれている、
 境内には多くの桜が植えられ、満開時には寺が花の中に埋もれているかのように見える。また鐘楼の東にあるしだれ桜は、「西行桜」と呼ばれ、世を捨て、当寺に入った西行法師が自ら植えた桜の第三世と伝える。

     京都市


勝持寺 坂を上りながら息切れしてしまいました。
(^^;)
勝持寺 花の寺
小塩山大原院 勝持寺

南門
趣あるたたずまいです。
庫裡 庫裡
阿弥陀堂(本堂) 阿弥陀堂(本堂)
不動堂 不動堂
西行桜

   花の寺と西行桜

 平安の末期、鳥羽院の北面の武士であった佐藤兵衛義清が、この寺に入って出家し西行法師となる。その折の鏡石と姿見池が残されている。武勇で知られた西行がなぜ出家したのが原因はさだかでないが、石に向かいながら髪をおろしたその気持ちは如何であったのだろう。
 西行はここに草庵を結び、一株の桜を植えて吟愛していた。世人はその桜を「西行桜」と称し、寺を「花の寺」と呼ぶようになり、古来から有名な花の名所として知られるようになった。南北朝の時代、婆娑羅大名として知られる佐々木道誉が闘茶会を宴すなど、数々の花見の宴、茶会でにぎわったようである。
 謡曲「西行桜」は、この隠栖している西行法師と、庵室の庭に咲いている桜をからませて、春宵の閑寂な情趣をえがいたもので、当寺が舞台になっている。


     謡曲史跡保存会
西行桜
花の寺と西行桜
鐘楼 鐘楼
鏡石 鏡石

西行法師がこの寺で出家した時(1140年)、この石を鏡の代わりに使い、頭を剃ったと、伝わっている。
冴野の沼  冴野の沼

小塩山松風寒し大原や
 冴野の沼の
  さえまさるらん
魚籃観音 魚籃観音

西遊記にも出て来られる観音様で、持っておられる竹の籠の中には魚が入っている。岩手県の釜石港には50メートルのお姿がある。日本では昔から“魚”関係の人たちの信仰を集めている。


桜の季節にまた来たいお寺です。(^^)
私たちは南門を出て、参道を下っていきました。


仁王門

仁王門
応仁の兵火を免れた勝持寺最古の建造物です。


勝持寺 額

勝持寺 額
当初の額は、醍醐天皇の勅により小野道風が書いたものでした。
現在は瑠璃光殿(収蔵庫)に収められています。



正法寺へ




『花橘亭』「平安時代好きの京都旅行記」初春の京都