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ひがしこうろかんあと
此附近 東鴻臚館址
●所在地 | :京都市下京区西新屋敷揚屋町 |
●交通 | :市バス「島原口」下車 |
かつて平安京には朱雀大路をはさんで東西に東鴻臚館と西鴻臚館がありました。 これらの鴻臚館は、外国人使節を接待・宿泊させる迎賓館のような役割を果たしていました。 西鴻臚館については、「京都市中央卸売市場第一市場」の南にある「源氏物語ゆかりの地」説明板 bQ6 西鴻臚館をどうぞ。 |
解説より | |
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東鴻臚館址 平安時代、京の中央を南北に朱雀大路が貫き、その七条以北の東西にふたつの鴻臚館が設けられていたが、この島原付近は東鴻臚館址にあたる。当時この館を利用したのは、唐ではなく、渤海国の使節に限られた。時の政府は渤海客を大いに歓待し、日本の国威を示すために林邑楽を演奏したり、詩文の会などを催していたが、延喜二十年(920)頃には廃せられた。そうした由緒ある顕客接待の場が、江戸時代の島原にもてなしの文化の場として蘇ったことは意味深いことといえる。 平成十三年十一月吉日 島原伝統保存会 白梅や墨芳しき鴻臚館 蕪村 与謝蕪村(俳人1716〜1783) |
※渤海国の来朝は920年を最後とし、927年に渤海国は滅亡しました。 『平安京提要』(総監修:角田文衛/編集:古代学協会・古代学研究所)によると、東鴻臚館は承和6年(839年)に廃され、西鴻臚館のみ残ることになったようです。 そののち、東鴻臚館の跡地は典薬寮へと所管替えされ、御薬園がつくられたのだとか。 |
地図 |
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