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『花橘亭』「平安時代好きの京都旅行記」初春の京都



初春の京都
〜2007年1月17日〜

しらかわいんあと
白河院址

●所在地 :京都市左京区岡崎法勝寺町16
●交通 :市バス「法勝寺町」下車


白河院  私学共済「京都 白河院」前に石碑はあります。
 「京都 白河院」の庭園は京都市の指定名勝です。
此附近 白河院址  此附近 白河院址の石碑



 
  白河院並びに法勝寺跡

 白河院は、もと藤原良房の別荘で、北家藤原氏によって代々受け継がれてきたが、藤原師実の時、白河天皇に献上され、承保2年(1075)天皇によってこの地に法勝寺が建立された。法勝寺は、尊勝寺、最勝寺、円勝寺、成勝寺、延勝寺とともに六勝寺と総称された寺で、東は岡崎道より300メートル東、西は岡崎道、南は現在の動物園の南、北は冷泉通より50メートル南に囲まれた広大な寺域を有し、境内には、金堂、講堂、阿弥陀堂、法華堂、五大堂、八角堂、常行堂などの諸堂が立ち並んでいた。中でも池の中島の八角九重塔は壮大な高塔であったといわれている。しかし、文治元年(1185)の大地震により九重塔以外の諸堂の大半が倒壊し、更に康永元年(1342)の火災により残る堂舎も焼失した。その後覚威和尚によって一部再建されたが、衰退の一途を辿り、やがて廃寺となった。

     京都市

白河院並びに法勝寺跡


 白河院は、白河第(しらかわてい)・、白河別業・白河殿とも称します。
 桜の名所として知られており、花山法皇・後一条天皇・後冷泉天皇の行幸もありました。
 藤原頼通(よりみち)から白河院を伝領した嫡男・師実(もろざね)は、頼通の死後、白河院を白河天皇に献上しました。そしてこの地に白河天皇御願の寺院として法勝寺(ほっしょうじ)が造営されます。



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