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『花橘亭』「平安時代好きの京都旅行記」[桜咲き誇る京都]




桜咲き誇る京都

一条戻橋

一条戻橋

案内看板が木製から鉄製に
変わっていました。
戻橋(もどりばし)

 延喜18年(918)、文章博士・三善清行(みよしきよつら)が亡くなった時、父の死を聞いた浄蔵が紀州熊野から京都に馳せ帰ってみると、その葬列は丁度この橋の上を通っていた。
 浄蔵は柩にすがって泣き悲しみ、神仏に熱誠をこめて祈願したところ、不思議にも父・清行は一時蘇生して父子物語を交わしたという伝説から戻橋と名付けたという。

 太平記、剣の巻によれば、その頃、源頼光の四天王の一人であった渡辺綱(わたなべのつな)が深夜この橋の東詰で容貌美しい女子にやつした鬼女に出逢ったという伝説もあるところである。

                           京都市


一条戻橋


以前、撮影した一条戻橋
2004年10月27日撮影「一條戻り橋」



晴明神社へ




『花橘亭』「平安時代好きの京都旅行記」[桜咲き誇る京都]